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翡翠

 ずっと、自分を責めていたのは知っていた。
 それでも私は何も声を掛けてあげることが出来なかった。
 だから、あの人がここを出て行くのは仕方のないことで、
 わたしには、引き留める事なんて出来ないのは知っていたのに。

 私は、何故咎めてしまった。
 私を置いていくのですか、などとどうして彼女に言ってしまったのだろう。




 「無」という概念を司る精霊、それを喚んだのはただの偶然。
 代々精霊と新たに契約し、次の娘に伝える族長一族の古い古い血脈の中でも呼び出されたことのない――そんな精霊だったそれは、里人のエルフも里へと攻め込んだ人間も総て等しく呑み込んだ。
 私が奥里から戻って、何もなくなったそこに彼女の姿を見付けた時、彼女は何も見てはいなかった。
「……リァノ!」
 姿を認めて、私が叫ぶと彼女は緩慢にふり向く。
 走り寄って肩に触れると、彼女は恐ろしい程の力でしがみつき、泣きじゃくった。 
 私は彼女が責任を感じることはないと何度も宥めた。
 
 人間に欺された彼女の母親が、
 彼女の母親を籠絡してこの里を侵略しようとした人間が、
 そして何の力にもなれなかった私が悪いのだと言っても。

 彼女は自分を責め続けた。


「この無益なものを終わらせて欲しい。そんな精霊を呼び出そうと思っただけだった……」
 数日の後に彼女が呟いたのはそれだった。
 その結果として彼女は里を無くしただけではなく、彼女は族長一族が長い年月をかけてその血に従わせてきた精霊の大半を失っていた。
 ある種の精霊は行為に対する代償を求める。力が強いもの程要求する代償も変わる。
 「無」の精霊は「なくすこと」に特化していた。
 勿論求める代償も「精霊の『消し去りたい』という欲求」を満たすものだった。
 代償には精霊だけでは全く足らなかったのだろう。更に彼女は致死のそれも得ていた。生きながら身を少しずつ少しずつ影に喰われていく、そんな呪いのようなものだ。
 私は言った。残った、その時に吹き飛ばされなかった精霊を少しずつ差し出しなさい。いくらかは時間が稼げるに違いないから。
 彼女は苦しそうな顔をして、それから悲しげな顔で頷いた。


 精霊は命そのものでもある。
 彼女が従えていた精霊の数は膨大で、吹き飛ばされなかったものを差し出していっても彼女は長く長く生きることが出来た。
 彼女が、彼女に告された寿命自体を総て全うするくらいに少しだけ足りない、それくらいはあった。

 
 わたしは、時々眠りついてしまうからその間に彼女は人里に降りていっていた。
 人の世は移り変わり、ひとは生き、死に、また生まれ死んでいく。
 そんな世の中を彼女はただ眺めていたという。
 エルフということを悟られたくなかったと、私の知らない間に彼女はエルフの象徴たる耳を切り落とした。
 私はそんな彼女に不安を覚えた。
 彼女が精霊を呼び出したのは人間の所為で、その所為で里も彼女も失われていく。
 それを口にすれば彼女はさみしそうに笑う。



 彼女が私との生活に飽いて、外の世界を見たがっているのが分かった。
 ひとを許したのがわかった。
 わたしもゆるしたいと思った。
 ゆるせるはずだと。

 私の身体の血の半分はひとのものだ。
 半分はエルフのもの。
 どちらからも大切にされず、
 どちらからも迎えられず、
 私を認めてくれたのは個人だけだった。

 父と、彼女。

 結局種族などは関係がない。信頼も愛情も個人に抱くもので血に抱くものではない。
 種族に対する愛情も嫌悪もない。
 だから、私はひとというもの全体は恨んでいないと言えばいない。


 
 しかし、彼女はひとのために損なわれた。


 また、同じ事が起こったら、私はきっと壊れてしまう。自分に流れる人の血ですら恨んでしまうだろう。
 怖くて、怖くて、怖くて仕方がない。





 ……それでも。
 彼女の終わりは近づいていた。
 彼女が死に行く場所は私が決めて良いことではない。

 それでも咎めてしまった。
 それでも追いかけてしまった。
 

 
 彼女は、私にこそ最期を見られたくないだろうに。
 彼女の側にいる私は彼女に故郷を思い出させるのに。



 
 今、人里に来て、私は個人との関わりを持った。
 私はもう彼女に会わずに居た方が良いのだろうか。
 このままこの土地に根付き、年老いて死んでいく。そんな生き方もあるのではないか。


 それでも、折々に借りた居室から繋げた故郷に戻ってしまうのは、
 彼女が戻ってきては居ないか心配で、
 私がまだ年を重ねるのが恐ろしいから。

 


 いっそのこと、自分の身が木石であればよかったと、思う瞬間が確かに在る。




 
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